NOSTALGIAノスタルジア

「ノスタルジア」。この言葉はファッションブランド「YOHEI OHNO」にとってのコードのひとつとなる。デザイナーの大野陽平のパーソナルな記憶や思い出を、現在のフィルターで見つめ、生み出された世界観。懐かしさの中に新しさをはらみ、見る者、着る者のパーソナルなノスタルジーとつながり、広がっていくようなストーリーを描く。

2024FALLコレクションでは、大人のラグジュアリーな世界と、大人になりきれていない人間の心的距離を遊び心ある世界観で描き、会場となった「泉屋博古館東京」の一部の香りをSAILが手がけた。香りのインスピレーション源は、大野陽平が掲げた“NOSTALGIA”(懐かしさ)。“音楽室”というキーワードから香りを構築した。

甘やかな木、古びた布、重く佇むピアノの匂い - マンダリン、シダーウッドアトラス、バルサムペルー、パチュリ、オークモスなどの精油をブレンドし、誰もが体験したことのある“音楽室”の香りをクリエイト。そのユーモラスでスタイリッシュな香りについて、そして、大野陽平の考える「ノスタルジア」についてインタビューする。

YOHEI OHNOヨウヘイ オオノ

デザイナー 大野陽平。愛知県出身。2011年、文化服装学院を卒業後、文化ファッション大学院大学へ進学。ノッティンガム・トレント大学の奨学金を得て渡英し、2014年、ロンドンにて卒業コレクションを発表。帰国後、2015年に「YOHEI OHNO」を立ち上げ、2015-2016FALLデビュー。2016年、「TOKYO FASHION AWARD 2017」受賞。2019年より「DRESS LINE」、2021年に着物の中古反物を利用した「3711 project」も始動した。https://yoheiohno.com/

SAIL HOLISTIC ROOM SPRAY YOHEI OHNO
NOSTALGIA (MUSIC CLASSROOM) Interview

YOHEI OHNOとクリエイトした“音楽室”の香り。ノスタルジアの哲学

SAIL 「泉屋博古館東京」で開催された2024FALL「YOHEI OHNO」のコレクションでは、「大人へ向けたクラシック」への挑戦だと聞きました。今回のクリエイションについて教えてください。

YOHEI OHNO 僕はコレクションでやりたいと思ったことに対して、そこまでリサーチせず、掘り下げすぎず、言語化もあまりしません。どちらかといえば、ぼんやりと抱いているイメージや記憶の中の固定観念のようなものを大事にしたいなと思っています。掘り下げすぎると、どんどん“横”に外れていってしまう気がしていて。そもそも、「記憶」と「過去」の事実って、違っていることが多々起こる。だからこそ、自分の記憶をかたちにすることは大事だし、その方が心が動くものだなと。それを踏まえて大人へ向けたクラシックをやろうと考えたのですが、自分が大人だという実感はなく。そこで、きらびやかな大人像へのリスペクトも込めて、その中に自然と自分にしかない視点や、意思、考え方が滲み出てくるといいなと思い、コレクションを創っていきました。

SAIL 記憶の中にある「ノスタルジア」というキーワードは、どのようにウェアのデザイン、シェイプ、ディテールへ落とし込まれていますか?

YOHEI OHNO 2024SPRINGのコレクションが、まさに自分の幼少期のようなものを起点にしていて、2024FALLは、前回との対比やつながりから生まれたコレクションでした。

両方とも記憶の中の「ノスタルジア」はキーワードとして存在しましたが、今回のコレクションであれば、“大人のクラシック”というキーワードからパッとイメージするわかりやすい部分を抽出して、落ち感のあるウールだったり、くたっとしたドレープの出るような優しい生地の質感、落ち着いた色味といったディティールに落とし込んでいきました。例えば、ミセスはエレガントな鞄の持ち方をしている印象があるので、そういうポーズを生み出すためのドレーピングを取り入れたり。現代のエレガントな大人の女性像からはズレていた方が面白いと思っていたので、記憶の中にある少し昔のコテコテのミセスをイメージしたり。

SAIL 創造することと記憶が大野さんの中で、深く関係していますね。

YOHEI OHNO 自分としては、昔のものがすごく未来的に見えたりする感覚もあって、「過去」と「未来」が直線ではなく輪としてつながっていると感じています。これからどういうものを作っていくべきかを、今、「現在」からだけ考えるのではなく、これまでの「過去」、「現在」、明日以降の「未来」、そのすべてを並べて考えたい。それに、「未来」のことを考えることは、逆説的に「過去」を振り返ることでもあります。記憶もだんだんと成長して、誇大化されていきますし、そういう今ここにはないものの中に意外と「未来」につながるものがあると思う。今、ここにはないという観点から見れば、記憶も「過去」も「未来」も同じようなものだと感じるので、それらを集めていくうちに自然と「未来」に向いていく……そのような考え方なのかもしれません。

SAIL 今回、SAILと作り上げた“音楽室”の香りでは、なぜ「MUSIC CLASSROOM」をピックアップされたのでしょうか?

YOHEI OHNO 2024SPRINGのコレクションも「ノスタルジー」をテーマにしていたので、個人的な記憶が呼び起こされるようなものになるといいなと考えました。SAILのみなさんとのディスカッションで、フックになるような、ちょっとクセがあったり、ある種バットテイストだったりする方向性が面白いという話になって。それで、不思議と懐かしい香りってどういうものだろうと考えたら、「音楽室」、「映画館のポップコーン」、「友達の家」などの匂い、といくつかのアイデアが出て、その中で最終的に音楽室にたどり着きました。みんなが好きな香りを作るというのは、普段の自分がやっていることとは違うと思ったんです。今回、調香してくださったパフューマーの山藤陽子さんは、タバコの香りを作られたこともあるという話をされていたので、きっといい感じの音楽室の香りにしてくれるのではないかと想像しました。それと、なるべく簡単には作れないような提案をしたかったという気持ちもありました(笑)。

それで、不思議と懐かしい香りってどういうものだろうと考えたら、「音楽室」、「映画館のポップコーン」、「友達の家」などの匂い、といくつかのアイデアが出て、その中で最終的に音楽室にたどり着きました。みんなが好きな香りを作るというのは、普段の自分がやっていることとは違うと思ったんです。今回、調香してくださったパフューマーの山藤陽子さんは、タバコの香りを作られたこともあるという話をされていたので、きっといい感じの音楽室の香りにしてくれるのではないかと想像しました。それと、なるべく簡単には作れないような提案をしたかったという気持ちもありました(笑)。

SAIL 大野さんの中で、音楽室にはどのような印象がありましたか?

YOHEI OHNO 学校の教室ともまた違う、独特の匂いがあるという感覚が自分の中ではあったんですね。普段はあえてリサーチをせず、自分の中にある感覚を基盤にしていますが、今回に関しては実際に音楽室へ行ってみました。そこで感じたのは、子どもが持つ独特な甘い香りと古びた木の匂い。それをキーワードとして山藤さんに伝え、調香されたものを確認する、というプロセス、微調整を重ねて今回のルームスプレーが完成しました。

SAIL 最もこだわったポイントは何ですか?

YOHEI OHNO 人によって音楽室の香りの印象は違って当たり前だと思いつつも、どこかで嗅いだことのある「共通の懐かしさ」を感じられるかどうかにはこだわりました。調香の最後の1割、ヒノキかヒバの香りで迷っていたのですが、単体で嗅ぐとヒノキは少し上品で心地よく眠れそうな感じ。ヒバは癖があって、若干キツい印象。香りでもYOHEI OHNOらしさを表現したかったので、最終的にヒバを選びました。こだわった点といえば、そういう、ちょっとした“懐かしさ”のチューニングかもしれません。

SAIL 今回の香りは、コレクションの招待状を纏い、会場のエントランスを彩りました。そこで、どんな発見がありましたか?

YOHEI OHNO コレクションの最中は準備で余裕がなかったのですが、終わってみて、やってすごくよかったなと実感がありました。初めての試みでしたし、「印象づかなかったらどうしよう」という不安もありましたが、「泉屋博古館東京」が音楽室と同様に、違う方向で時代を感じさせる場所だったため、会場ともフィットしていた。歴史とパーソナルな過去が、すごく調和していたと思います。

SAIL 今回のコラボレーションは、大野さんにとってどのような刺激になりましたか?

YOHEI OHNO 香りはひとつの強い表現方法。以前から興味はありましたが、実際にブランドとして自分が香りをデザインするなんて、想像していなかったです。でも、香りという分野においても自分なりのアプローチができるということを発見しました。「YOHEI OHNO」はファッションブランドですが、自分としては、ファッションというジャンルを超えたものでありたいと思っていて。そういう意味でも、SAILからたくさんのことを学ばせていただき、贅沢な経験ができた。今後の表現に関しても、“何か”変わってくるのでは?と思います。

SAIL ファッションと香りの関係性や相互作用について、どのようにお考えですか?

YOHEI OHNO ファッションブランドが香水を展開することに対して、どこまで関連性があるのか疑問に思っていました。でも、ブランドの表現として香りも含めることが、SAILとの取り組みを通してしっくりきたんです。ブランドの世界観があれば、そこには当然香りみたいな要素もあるだろうと思えたし、プロフェッショナルな方々と仕事をするという緊張感を味わいながら、世界観の一部の香りを一緒に作っていけたという感覚がありました。また、ファッションと香りは、全然違うプロダクトだけれど、その制作のプロセスは通じる部分もあるなと。そして、オーガニック由来のものや、天然由来のもので作られているというSAILの徹底した美学やコンセプトにも共感しました。

SAIL では、大野さんご自身にとって“香り”はどんな存在で、普段からどのように付き合っていますか?

YOHEI OHNO 香りは記憶や思い出と結びついているものです。香りをきっかけに人生の中でよかった瞬間を香りで思い出すことってあるな、と。例えば、一番調子に乗っていて、可愛い彼女と付き合ってた……みたいなことを思い出せたり。空港の免税店に漂う強い香水の香りも、これから海外に行くワクワク感みたいなものを想起させて好きです。一概に“いい香り”、“悪い香り”とは言えないし、その香りがその人とどういう関係なのかによって変わってくる。香りって、深いですよね。

SAIL 今回は直接身につけるのではなく、空間にアプローチするというコンセプトでしたね。

YOHEI OHNO 「YOHEI OHNO」というブランド自体も、洋服をプロダクトとして見せていくのではなく、ショーやインスタレーションを通じて立体的な表現をしたい、奥行きや広がりを見せたいと思っています。例えば、展示会の会場で毎回この香りがあったとしたら、ブランドに対する立体的なイメージをさらに持ってもらえる気がしますね。

パッと頭に思い浮かぶイメージや、自分の中にある言葉にならない“かけら”たちがインスピレーション源。ゆっくりと、素のままの言葉で語る大野陽平の姿は、創作への真摯さと正直さ、そして独自のユーモアを感じさせる。彼の創作の根底に流れる「ノスタルジア」は、誰の中にでも違うかたちで存在しながらも、懐かしさという普遍的な感情をもたらすものだ。今回の香りもまた、それぞれの記憶を目覚めさせ、その時々の瞬間と関係しながら、過去、現在、未来をつないでくれる。

2024FALL Photographer: Ko Tsuchiya
2024SPRING Photographer: Koji Shimamura(Carlin, Inc.)
SAIL HOLISTIC ROOM SPRAY
YOHEI OHNO NOSTALGIA(MUSIC CLASSROOM)
Interview & Text Tomoko Ogawa
Edit Toru Mitani
Photo Kei Kondo