JOURNAL
SAIL Photography by Koichiro Iwamoto
意図や思い、そして心の傷 作品があって、見てくれる人がいて、本当は、それで終わりでいいと思う。自由に感じてもらえたら、と。でも僕自身は、どうしてこうなったのかなとか、その根源はどこにあるのかなと、掘り下げて考えることが昔から好きなんですよね。両親が美術に携わっている環境で育ったことも関係しているのかもしれません。小さい時に親と一緒に抽象画を見たことがあって、何が描かれているのかまったくわからなかったんですけど「きっとこの絵を描いた人は心に何か傷を持っているのかもしれない。それで、こういう色彩や形になったんじゃないかな」と、見方を教えてくれたんです。それは、合っているかどうかが問題なのではなく、何が表現されているのか想像しなさいという意味だったと思う。そこから絵画がすごく好きなりました。 ビジュアル的に良ければ、それだけで写真が完成することももちろんあると思います。でも、直接的ではなくても、作品の中に制作者の意図や思い、さらに、心の傷みたいなものがどこかに感じられると、もっとその作品が好きになる、愛せるものになると思う。その感覚をすごく大切にしています。 今、3部作の展覧会を段階的にやっているところで、1作目は「isolation」、2作目は「Self harm」というタイトルにしました。isolationは「孤立」という意味でネガティブにも聞こえる言葉ですが、写っている人物は一人ではなく二人。「記憶の回想」というのがテーマの根源にあって、例えば、僕が生まれる前に両親が出会った風景を、「時間」というフィルターを通して可視化するようなイメージです。それは決して鮮明ではない景色なので、フィルムで撮影したものを複写して、プリントして、さらに複写するという行為を繰り返してできた作品です。現在の記憶と、何年も前に見た光景と感情を、擦り合わせると同時に遠ざけるような感覚でもありますね。また、2作目でも複写を繰り返す作業を継続しているのですが、Self harm=自傷行為という言葉のように、景色を撮ったフィルムに傷をつけて制作し、1作目とはまた異なる表現に挑戦しました。 写真との出会いと、見るたびに発見がある写真 僕は中学卒業後から一人暮らしをしていて、写真の専門学校も美大も行っていないので、写真は独学です。20歳の時に、ライカのM6を父から譲り受けたことがカメラを触った初めての体験に近くて。初めは“オブジェ”として好きな程度だったのですが、ある日、写真展で平間至さんの写真に出会ったんです。もうとにかく感動してすぐに連絡を入れて、インターンとして働かせてもらうことになりました。僕はフィルム交換の仕方から教えてもらわないとならないほどカメラの使い方を知らなかったのですが、撮影後の車の中で「あの夕日、どんなふうに見える?」と平間さんと話したり、自分がどう感じるのかを整理していくような、刺激を受けた時間はすごく大切な思い出です。 写真に出会ってから、ずっと写真が好き。ただ、自分の体があるのは当たり前のことではなく、明日どうなるかはわかりません。そういうことをどこかで意識しながらも、皆さんに観てもらって少しでも興味を持ってもらえるような作品をつくっていきたいですね。一つの作品なのに、見るたびに新しく感じることがあるような、“成長する作品”をつくりたいです。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『オアシス』(イ・チャンドン監督) 『あの夏、いちばん静かな海。』(北野武監督) 『神のゆらぎ』(ダニエル・グルー監督) 2. よく聞いている音楽 江崎文武, naomi paris tokyo 3. 好きな本 E.H.ゴンブリッチ『芸術と幻影』 ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』 4. 注目しているアーティスト ーー 5. お気に入りの場所...
SAIL Photography by Koichiro Iwamoto
意図や思い、そして心の傷 作品があって、見てくれる人がいて、本当は、それで終わりでいいと思う。自由に感じてもらえたら、と。でも僕自身は、どうしてこうなったのかなとか、その根源はどこにあるのかなと、掘り下げて考えることが昔から好きなんですよね。両親が美術に携わっている環境で育ったことも関係しているのかもしれません。小さい時に親と一緒に抽象画を見たことがあって、何が描かれているのかまったくわからなかったんですけど「きっとこの絵を描いた人は心に何か傷を持っているのかもしれない。それで、こういう色彩や形になったんじゃないかな」と、見方を教えてくれたんです。それは、合っているかどうかが問題なのではなく、何が表現されているのか想像しなさいという意味だったと思う。そこから絵画がすごく好きなりました。 ビジュアル的に良ければ、それだけで写真が完成することももちろんあると思います。でも、直接的ではなくても、作品の中に制作者の意図や思い、さらに、心の傷みたいなものがどこかに感じられると、もっとその作品が好きになる、愛せるものになると思う。その感覚をすごく大切にしています。 今、3部作の展覧会を段階的にやっているところで、1作目は「isolation」、2作目は「Self harm」というタイトルにしました。isolationは「孤立」という意味でネガティブにも聞こえる言葉ですが、写っている人物は一人ではなく二人。「記憶の回想」というのがテーマの根源にあって、例えば、僕が生まれる前に両親が出会った風景を、「時間」というフィルターを通して可視化するようなイメージです。それは決して鮮明ではない景色なので、フィルムで撮影したものを複写して、プリントして、さらに複写するという行為を繰り返してできた作品です。現在の記憶と、何年も前に見た光景と感情を、擦り合わせると同時に遠ざけるような感覚でもありますね。また、2作目でも複写を繰り返す作業を継続しているのですが、Self harm=自傷行為という言葉のように、景色を撮ったフィルムに傷をつけて制作し、1作目とはまた異なる表現に挑戦しました。 写真との出会いと、見るたびに発見がある写真 僕は中学卒業後から一人暮らしをしていて、写真の専門学校も美大も行っていないので、写真は独学です。20歳の時に、ライカのM6を父から譲り受けたことがカメラを触った初めての体験に近くて。初めは“オブジェ”として好きな程度だったのですが、ある日、写真展で平間至さんの写真に出会ったんです。もうとにかく感動してすぐに連絡を入れて、インターンとして働かせてもらうことになりました。僕はフィルム交換の仕方から教えてもらわないとならないほどカメラの使い方を知らなかったのですが、撮影後の車の中で「あの夕日、どんなふうに見える?」と平間さんと話したり、自分がどう感じるのかを整理していくような、刺激を受けた時間はすごく大切な思い出です。 写真に出会ってから、ずっと写真が好き。ただ、自分の体があるのは当たり前のことではなく、明日どうなるかはわかりません。そういうことをどこかで意識しながらも、皆さんに観てもらって少しでも興味を持ってもらえるような作品をつくっていきたいですね。一つの作品なのに、見るたびに新しく感じることがあるような、“成長する作品”をつくりたいです。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『オアシス』(イ・チャンドン監督) 『あの夏、いちばん静かな海。』(北野武監督) 『神のゆらぎ』(ダニエル・グルー監督) 2. よく聞いている音楽 江崎文武, naomi paris tokyo 3. 好きな本 E.H.ゴンブリッチ『芸術と幻影』 ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』 4. 注目しているアーティスト ーー 5. お気に入りの場所...
SAIL Photography by Shoda Masahiro
作品をつくるときのインスピレーション 2013年から8年間続けていた「笑いの山脈」というプロジェクトがあるのですが、芸人さん達のギャグを中心にしたポートレイトのシリーズです。3年ほど住んでいたニューヨークから帰国したときに、雑誌を見ていたら谷啓さんが出ていて、撮りたいなと思ったんですよね。谷さんといえばやっぱり「ガチョーン」だよな……と考えていたら、その半年後くらいに亡くなられてしまった。二度と会えないんだ、ガチョーンを写真で残したかったなとすごく思って、名作ギャグを写真で残そうと始めたんです。 本当にたくさんの芸人さんに協力いただいたプロジェクトなのですが、一つのギャグを大切にして、人を笑わせることに人生を捧げているってすごいですよね。カメラマンとしての自分を照らし合わせてみて、すごく学ぶことがありました。 僕にとって、何か新しい作品をつくるときに直感的に何かがひらめくというのは、そうあることではありません。もちろん今も写真集や展示を見るのは好きですが、20~30代の頃に写真集をとにかく見まくっていたときのように、それが直接インスピレーションになるということはほぼない。ただ、いろんな情報をスマホなんかで見ていると、「あれ? さっきこう見えたんだけどな」という単純な見間違えが時々起きて、自分がエラーを起こして勘違いしたことにハッとさせられることがある。インスピレーションというよりは、そういう見間違えって面白いなと思ったりします。 最近は、Chat GPTを使うこともあるんですよ。正確には「使う」というよりも、例えば写真集を制作する際などに、考えていることをうまく言語化できない、でも言語化できたほうが作品が強くなるなと思うことがあるので、僕はこれくらいぼんやり考えているんだけど……と会話する相手として考えています。今は、生成AIはわりと“普通の人”で、最大公約数的な返答をしてくる印象なのですが、どちらかというと自分が入力する言葉のセンスを問われていると感じます。結局は自分の言語能力しだいだと思うので、もう少し遊んでみようと思っているところです。でも、作品性に強度を持たせるためのパートナーになってくれたらいいなと、すごく前向きに捉えていますね。 「いいお店」のような現場にしたい 現在、仕事では広告の案件に関わることが多いのですが、仕事をするうえで心がけていることは、まず、スタジオの中ではセットをきれいに組むことは徹底します。そして、被写体の人にも心地よくあってほしいし、クライアントさんには写真がいいなと思ってもらえるようなものをつくる。皆の思い出に残るような撮影にしたいなと毎回思います。今後、AIで画像生成できるものが多く出てくる時代です。そのなかでわざわざ皆が集まって撮影するわけだから、関わる人たちにとって「いい一日」であってほしい。ある意味、お店のような感覚というか。「ああ、いい店に来たなあ」「また来たいね」と、そんな気持ちになって帰っていただけたら最高ですね。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『アステロイド・シティ』(ウェス・アンダーソン監督) 2. よく聞いている音楽 ドミ&JD・ベック 3. 好きな本 千葉雅也『現代思想入門』 柴田書店編『だしの研究』 4. 注目しているアーティスト Shohei Takasaki 5. お気に入りの場所 ビストロ「キリゲリ」のカウンター 6. 最近買ったもの 上田義彦さんの写真、マルセル・ブロイヤーの椅子、井上七海さんの絵画、BONIQの低温調理器、氷嚢...
SAIL Photography by Shoda Masahiro
作品をつくるときのインスピレーション 2013年から8年間続けていた「笑いの山脈」というプロジェクトがあるのですが、芸人さん達のギャグを中心にしたポートレイトのシリーズです。3年ほど住んでいたニューヨークから帰国したときに、雑誌を見ていたら谷啓さんが出ていて、撮りたいなと思ったんですよね。谷さんといえばやっぱり「ガチョーン」だよな……と考えていたら、その半年後くらいに亡くなられてしまった。二度と会えないんだ、ガチョーンを写真で残したかったなとすごく思って、名作ギャグを写真で残そうと始めたんです。 本当にたくさんの芸人さんに協力いただいたプロジェクトなのですが、一つのギャグを大切にして、人を笑わせることに人生を捧げているってすごいですよね。カメラマンとしての自分を照らし合わせてみて、すごく学ぶことがありました。 僕にとって、何か新しい作品をつくるときに直感的に何かがひらめくというのは、そうあることではありません。もちろん今も写真集や展示を見るのは好きですが、20~30代の頃に写真集をとにかく見まくっていたときのように、それが直接インスピレーションになるということはほぼない。ただ、いろんな情報をスマホなんかで見ていると、「あれ? さっきこう見えたんだけどな」という単純な見間違えが時々起きて、自分がエラーを起こして勘違いしたことにハッとさせられることがある。インスピレーションというよりは、そういう見間違えって面白いなと思ったりします。 最近は、Chat GPTを使うこともあるんですよ。正確には「使う」というよりも、例えば写真集を制作する際などに、考えていることをうまく言語化できない、でも言語化できたほうが作品が強くなるなと思うことがあるので、僕はこれくらいぼんやり考えているんだけど……と会話する相手として考えています。今は、生成AIはわりと“普通の人”で、最大公約数的な返答をしてくる印象なのですが、どちらかというと自分が入力する言葉のセンスを問われていると感じます。結局は自分の言語能力しだいだと思うので、もう少し遊んでみようと思っているところです。でも、作品性に強度を持たせるためのパートナーになってくれたらいいなと、すごく前向きに捉えていますね。 「いいお店」のような現場にしたい 現在、仕事では広告の案件に関わることが多いのですが、仕事をするうえで心がけていることは、まず、スタジオの中ではセットをきれいに組むことは徹底します。そして、被写体の人にも心地よくあってほしいし、クライアントさんには写真がいいなと思ってもらえるようなものをつくる。皆の思い出に残るような撮影にしたいなと毎回思います。今後、AIで画像生成できるものが多く出てくる時代です。そのなかでわざわざ皆が集まって撮影するわけだから、関わる人たちにとって「いい一日」であってほしい。ある意味、お店のような感覚というか。「ああ、いい店に来たなあ」「また来たいね」と、そんな気持ちになって帰っていただけたら最高ですね。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『アステロイド・シティ』(ウェス・アンダーソン監督) 2. よく聞いている音楽 ドミ&JD・ベック 3. 好きな本 千葉雅也『現代思想入門』 柴田書店編『だしの研究』 4. 注目しているアーティスト Shohei Takasaki 5. お気に入りの場所 ビストロ「キリゲリ」のカウンター 6. 最近買ったもの 上田義彦さんの写真、マルセル・ブロイヤーの椅子、井上七海さんの絵画、BONIQの低温調理器、氷嚢...
SAIL Photography by Reiko Toyama
30歳でスタートした写真の道 皆さんもそうだと思うのですが、コロナ禍ではなかなか海外に行くことが難しかったですよね。コロナ前もあまり海外へ旅することをしてこなかったのですが、今はいろんな国へ行ってみたいという思いがすごく強くなりました。仕事を休みなく詰め込んでしまっている時期が長く続いていたので、これじゃいけないなという思いもあって。これからは少し余裕を持ってお休みを取りつつ、いろんなところへ足を運んでバランスを取っていきたいと思っています。次に行きたいのは、友人も住んでいるニューヨークです。 18歳のときに沖縄から上京して就職しました。学生時代はマーチングバンド部に入っていて部活漬けの日々を過ごしていたのですが、そのまま社会人チームに入った感じです。でも、自分が本当に何をやりたいかはわからずにいました。一方で、洋服は好きだったんです。『Purple』誌に出会って、マーク・ボスウィックや、アンダース・エドストローム、鈴木親さんなどの作家性を持つかっこいい写真を見て、私が今まで見ていたファッション雑誌とまったく違うことに衝撃を受けました。 そのことがきっかけとなって、Purple誌とも交流のあるPoetry of sex(故・千葉慎二氏が手がけていたブランド)で働かせてもらうチャンスをいただいたんです。本当に刺激的な毎日を送る中で、だんだんとプライベートで写真を撮るようになっていきました。4、5年働いた後、「年齢も年齢だし、今、ちゃんとやらないと!」と思い立って。遅まきながら30歳のときに写真スタジオに転職して、アシスタントを経て独立したという経緯があります。 ほどけた瞬間を撮る できているかはわからないですが、ドキュメンタリーとファッションが融合した写真を撮りたいなって、ずっと思っています。モデルさんを撮るときも、カメラを構えて「さあ、撮ります」となるとモデルさんも構えてしまうので、立ち位置に入ってもらった瞬間を撮ったり、「今日は終わりです」と言って何かがほどけたところで撮ったりします。盗み撮りみたいですね(笑)。仕事以外では人も風景も好きで撮るのですが、やっぱり盗み撮りに近くて。構えていない瞬間を撮りたいと思うんです。風景は、例えばガラス越しに撮ると、反射した光がきらきらとしてきれいで、そうやっていつもと違う感じに見える要素を何か入れるようにしている感じがします。 写真を仕事に選んでから8年ほどが経ちますが、最近、初心にかえることは大事だなと改めて思います。仕事ではどうしても「ちゃんと見えるように、ここは絶対に写さないといけない」と意識が集中してしまうのですが、その延長線で普段の写真でも“ちゃんと”撮るようになってしまって。例えば、昔は横位置で撮っていたのに、自然と縦位置で撮ってしまうことが多くなっているというように……。今改めて、自由に撮る感覚を思い出して、写真を楽しみたいと思っています。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『TAR/ター』(トッド・フィールド監督) 2. よく聞いている音楽 The Specials 3. 好きな本 ーー 4. 注目しているアーティスト ーー 5. お気に入りの場所 新宿御苑の温室 6. 最近買ったもの 河野源さんのブックエンド 7....
SAIL Photography by Reiko Toyama
30歳でスタートした写真の道 皆さんもそうだと思うのですが、コロナ禍ではなかなか海外に行くことが難しかったですよね。コロナ前もあまり海外へ旅することをしてこなかったのですが、今はいろんな国へ行ってみたいという思いがすごく強くなりました。仕事を休みなく詰め込んでしまっている時期が長く続いていたので、これじゃいけないなという思いもあって。これからは少し余裕を持ってお休みを取りつつ、いろんなところへ足を運んでバランスを取っていきたいと思っています。次に行きたいのは、友人も住んでいるニューヨークです。 18歳のときに沖縄から上京して就職しました。学生時代はマーチングバンド部に入っていて部活漬けの日々を過ごしていたのですが、そのまま社会人チームに入った感じです。でも、自分が本当に何をやりたいかはわからずにいました。一方で、洋服は好きだったんです。『Purple』誌に出会って、マーク・ボスウィックや、アンダース・エドストローム、鈴木親さんなどの作家性を持つかっこいい写真を見て、私が今まで見ていたファッション雑誌とまったく違うことに衝撃を受けました。 そのことがきっかけとなって、Purple誌とも交流のあるPoetry of sex(故・千葉慎二氏が手がけていたブランド)で働かせてもらうチャンスをいただいたんです。本当に刺激的な毎日を送る中で、だんだんとプライベートで写真を撮るようになっていきました。4、5年働いた後、「年齢も年齢だし、今、ちゃんとやらないと!」と思い立って。遅まきながら30歳のときに写真スタジオに転職して、アシスタントを経て独立したという経緯があります。 ほどけた瞬間を撮る できているかはわからないですが、ドキュメンタリーとファッションが融合した写真を撮りたいなって、ずっと思っています。モデルさんを撮るときも、カメラを構えて「さあ、撮ります」となるとモデルさんも構えてしまうので、立ち位置に入ってもらった瞬間を撮ったり、「今日は終わりです」と言って何かがほどけたところで撮ったりします。盗み撮りみたいですね(笑)。仕事以外では人も風景も好きで撮るのですが、やっぱり盗み撮りに近くて。構えていない瞬間を撮りたいと思うんです。風景は、例えばガラス越しに撮ると、反射した光がきらきらとしてきれいで、そうやっていつもと違う感じに見える要素を何か入れるようにしている感じがします。 写真を仕事に選んでから8年ほどが経ちますが、最近、初心にかえることは大事だなと改めて思います。仕事ではどうしても「ちゃんと見えるように、ここは絶対に写さないといけない」と意識が集中してしまうのですが、その延長線で普段の写真でも“ちゃんと”撮るようになってしまって。例えば、昔は横位置で撮っていたのに、自然と縦位置で撮ってしまうことが多くなっているというように……。今改めて、自由に撮る感覚を思い出して、写真を楽しみたいと思っています。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『TAR/ター』(トッド・フィールド監督) 2. よく聞いている音楽 The Specials 3. 好きな本 ーー 4. 注目しているアーティスト ーー 5. お気に入りの場所 新宿御苑の温室 6. 最近買ったもの 河野源さんのブックエンド 7....
SAIL Photography by Keisuke Tsujimoto
その瞬間にしかない距離感 普段は、フィルムカメラをポケットに入れてよく夕方に散歩をします。夕方の光が好きなので。何を撮るのかは決めずに、どちらかというと反射的に撮っている感じ。以前ニューヨークに住んでいたのですが、今と同じようにカメラを持って夕方の街を歩いていたら、全身ピンクの服を着た人が走ってきたことがあって。その光景がめちゃくちゃ良くて、またその人に会えないかなと、同じ時間帯にカメラを持ってうろうろしていたのですが、結局現れることはありませんでした。「そこにいたらいいのにな」という意味も込めて、「Wish You Were There」というシリーズの作品をつくりました。ピンクの人物を切り取って、違う日の街の景色に貼り付けたり、人数を増やしてみたり。編集しながら作品としていろいろ意味を発見しつつ、また、単純におもしろいなという感覚でやってもいます。 ニューヨークに行って初めの2年間くらいを撮ったのが「STRANGER IN PARADISE」というシリーズです。ストレンジャーとしての自分が、さまざまな場所からストレンジャーが集まっている街で撮った、人と場所。あのときの自分じゃないと撮れなかった“距離感”だと思います。いま振り返ってみると、アメリカでの生活は英語でのコミュニケーションも含め、いろんなことがスムーズにいかないことも多くタフでしたが、魅力的な人との出会いや文化が刺激的でしたし、いろんな人に助けていただいて楽しく過ごせたなあと思っています。また今行ったらどんなことを感じるか気になっています。 そういえば、街を歩いていたときに新聞記者の人に声をかけられて、「亀を保護しているおばあちゃんがいるから撮ってきて」と頼まれたこともありました。家に行ってみたら、排泄物にまみれているような劣悪な環境だったんです。そんな無茶苦茶な流れで撮ることになったのですが、必死に集中して撮影していたら、終わりのほうで、おばあちゃんと亀の愛情みたいなものが可視化できたようなタイミングがあった。写真としてもすごく好きなものになりました。そのとき、物事のとらえ方というか、カメラを通して何か接することができたというか、「間」というものに少し近づけたような気がします。 反応と対応 仕事では、当たり前のことを当たり前にやるということ、当然関わった人に喜んでもらいたいと言う気持ちもあります。シンプルですが、しっかり準備して、現場で起こることに柔軟に対応できるような状態をつくりたいです。 ジャズミュージシャンの人たちと交流があって、ジャズの特徴の一つに即興演奏がありますが、彼らのような超絶プレイヤーたちも何年も毎日必ず地道な練習をしているという話を聞きました。だからこそ現場で起こることに意識的にも無意識的にも反応して、さらにそれを楽しんでいるように見えることもあります。 もうリスペクトしかないのですが、自分もそのようにいい状態でシャッターを切れたらいいなあと思っています。 映画もマンガも本も、いろんなものを見ます。見過ぎるだけだと飽和してくるので、一旦アウトプットしてまたインプットするというバランスを調整しながら。あと、最近はバスケをしたり、泳いだり、体を動かすようにしています。あくまで僕の場合はですが、フォトグラファーの仕事はどうしても肉体労働的な部分があるので、体がやっぱり大事かなと。できれば長く撮り続けたいものです。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『宝島』(ギヨーム・ブラック監督) 『PERFECT DAYS』(ヴィム・ヴェンダース監督)※2023年12月公開予定。まだ見ていませんが見たい作品です。 2. よく聞いている音楽 Takuya Kuroda, Alfa Mist, Khruangbin, NewJeans 3. 好きな本...
SAIL Photography by Keisuke Tsujimoto
その瞬間にしかない距離感 普段は、フィルムカメラをポケットに入れてよく夕方に散歩をします。夕方の光が好きなので。何を撮るのかは決めずに、どちらかというと反射的に撮っている感じ。以前ニューヨークに住んでいたのですが、今と同じようにカメラを持って夕方の街を歩いていたら、全身ピンクの服を着た人が走ってきたことがあって。その光景がめちゃくちゃ良くて、またその人に会えないかなと、同じ時間帯にカメラを持ってうろうろしていたのですが、結局現れることはありませんでした。「そこにいたらいいのにな」という意味も込めて、「Wish You Were There」というシリーズの作品をつくりました。ピンクの人物を切り取って、違う日の街の景色に貼り付けたり、人数を増やしてみたり。編集しながら作品としていろいろ意味を発見しつつ、また、単純におもしろいなという感覚でやってもいます。 ニューヨークに行って初めの2年間くらいを撮ったのが「STRANGER IN PARADISE」というシリーズです。ストレンジャーとしての自分が、さまざまな場所からストレンジャーが集まっている街で撮った、人と場所。あのときの自分じゃないと撮れなかった“距離感”だと思います。いま振り返ってみると、アメリカでの生活は英語でのコミュニケーションも含め、いろんなことがスムーズにいかないことも多くタフでしたが、魅力的な人との出会いや文化が刺激的でしたし、いろんな人に助けていただいて楽しく過ごせたなあと思っています。また今行ったらどんなことを感じるか気になっています。 そういえば、街を歩いていたときに新聞記者の人に声をかけられて、「亀を保護しているおばあちゃんがいるから撮ってきて」と頼まれたこともありました。家に行ってみたら、排泄物にまみれているような劣悪な環境だったんです。そんな無茶苦茶な流れで撮ることになったのですが、必死に集中して撮影していたら、終わりのほうで、おばあちゃんと亀の愛情みたいなものが可視化できたようなタイミングがあった。写真としてもすごく好きなものになりました。そのとき、物事のとらえ方というか、カメラを通して何か接することができたというか、「間」というものに少し近づけたような気がします。 反応と対応 仕事では、当たり前のことを当たり前にやるということ、当然関わった人に喜んでもらいたいと言う気持ちもあります。シンプルですが、しっかり準備して、現場で起こることに柔軟に対応できるような状態をつくりたいです。 ジャズミュージシャンの人たちと交流があって、ジャズの特徴の一つに即興演奏がありますが、彼らのような超絶プレイヤーたちも何年も毎日必ず地道な練習をしているという話を聞きました。だからこそ現場で起こることに意識的にも無意識的にも反応して、さらにそれを楽しんでいるように見えることもあります。 もうリスペクトしかないのですが、自分もそのようにいい状態でシャッターを切れたらいいなあと思っています。 映画もマンガも本も、いろんなものを見ます。見過ぎるだけだと飽和してくるので、一旦アウトプットしてまたインプットするというバランスを調整しながら。あと、最近はバスケをしたり、泳いだり、体を動かすようにしています。あくまで僕の場合はですが、フォトグラファーの仕事はどうしても肉体労働的な部分があるので、体がやっぱり大事かなと。できれば長く撮り続けたいものです。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『宝島』(ギヨーム・ブラック監督) 『PERFECT DAYS』(ヴィム・ヴェンダース監督)※2023年12月公開予定。まだ見ていませんが見たい作品です。 2. よく聞いている音楽 Takuya Kuroda, Alfa Mist, Khruangbin, NewJeans 3. 好きな本...
SAIL Photography by Riku Ikeya
高校時代、ファッションから始まった写真 写真家としてのキャリアについては、専門学校や大学で写真を学んだわけではありません。高校生の頃、自分で撮影していた写真をSNSなどで公開していたら、あるスタイリストさんに声をかけていただいて。そこからだんだんとファッションの撮影につながっていくことになりました。僕にとって写真はファッションから始まっているといえると思います。 それと、僕の周りにスケボーをやっている友人が多くて、もともと動画やフィルムカメラで撮ったりもしていました。その写真をシルクスクリーンで刷ってTシャツにして、お小遣い稼ぎをしたりしていましたね。 撮りたいもの、伝えたいもの 今はその頃とは仕事の量は全然違いますが、当時から地続きで、やっていること自体はあまり変わっていません。自分の作品として撮るときは、3つほどのテーマがあるかなと思います。一つは、“時間経過”。例えば、音楽家の蓮沼執太さんが個人で出している12曲ほどの楽曲のビジュアルに、時間帯の異なる窓を写した作品を使っていただいているのですが、そこでは、人はいないけれど、いたような/いそうだな、という空気感のある場所を選んで撮影することで、時間の経過を表しました。もう一つは、ずっと撮り続けている“ランドスケープ”。そして、“人の後ろ姿”です。顔が見えない後ろ姿にすごく惹かれるので、撮りためていきたいな、と。今は人物を撮るのが一番好きかなと思います。いずれにしても、そのものをわかりやすく撮るというよりも、何か“気配”を感じさせるような写真を撮っているなと思いますね。 クライアントワークをするときは、ある程度自分で決めた撮影の題材やロケ場所に、どこに人物がいて……と、イメージが伝わるムードボードやレファレンスなどを決まって2、3パターンくらい用意します。ただ、「全部違うなあ」となることもあるし、決して自分もその通りに撮ろうと思っているわけではなくて、自己紹介の意味合いもあると思っていて。コミュニケーションの手段の一つのようなものだと思うんです。例えば、レファレンスのなかに、自分の好きなランドスケープの写真や、好きなミュージシャンのジャケット写真を入れたりもします。そこから、「好きな音楽なんですか?」と、スタッフの方々と会話もイメージも広がっていくこともあると思います。だから、最初に自分から提案するものを持っていくことを大切にしています。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『建築と時間と妹島和世』(ホンマタカシ監督) 2. よく聞いている音楽 細野晴臣, Ecovillage, Cornelius 3. 好きな本 雑誌『WIRED』の「未来への退却(リトリート)」という特集号 4. 注目しているアーティスト Ecovillage 5. お気に入りの場所 友人のお店の当麻園芸と、京都にあるクマノワインハウス 6. 最近買ったもの 山野アンダーソン陽子さんのガラスコップ 7. 気になっている撮影機材 SIGMAのレンズ...
SAIL Photography by Riku Ikeya
高校時代、ファッションから始まった写真 写真家としてのキャリアについては、専門学校や大学で写真を学んだわけではありません。高校生の頃、自分で撮影していた写真をSNSなどで公開していたら、あるスタイリストさんに声をかけていただいて。そこからだんだんとファッションの撮影につながっていくことになりました。僕にとって写真はファッションから始まっているといえると思います。 それと、僕の周りにスケボーをやっている友人が多くて、もともと動画やフィルムカメラで撮ったりもしていました。その写真をシルクスクリーンで刷ってTシャツにして、お小遣い稼ぎをしたりしていましたね。 撮りたいもの、伝えたいもの 今はその頃とは仕事の量は全然違いますが、当時から地続きで、やっていること自体はあまり変わっていません。自分の作品として撮るときは、3つほどのテーマがあるかなと思います。一つは、“時間経過”。例えば、音楽家の蓮沼執太さんが個人で出している12曲ほどの楽曲のビジュアルに、時間帯の異なる窓を写した作品を使っていただいているのですが、そこでは、人はいないけれど、いたような/いそうだな、という空気感のある場所を選んで撮影することで、時間の経過を表しました。もう一つは、ずっと撮り続けている“ランドスケープ”。そして、“人の後ろ姿”です。顔が見えない後ろ姿にすごく惹かれるので、撮りためていきたいな、と。今は人物を撮るのが一番好きかなと思います。いずれにしても、そのものをわかりやすく撮るというよりも、何か“気配”を感じさせるような写真を撮っているなと思いますね。 クライアントワークをするときは、ある程度自分で決めた撮影の題材やロケ場所に、どこに人物がいて……と、イメージが伝わるムードボードやレファレンスなどを決まって2、3パターンくらい用意します。ただ、「全部違うなあ」となることもあるし、決して自分もその通りに撮ろうと思っているわけではなくて、自己紹介の意味合いもあると思っていて。コミュニケーションの手段の一つのようなものだと思うんです。例えば、レファレンスのなかに、自分の好きなランドスケープの写真や、好きなミュージシャンのジャケット写真を入れたりもします。そこから、「好きな音楽なんですか?」と、スタッフの方々と会話もイメージも広がっていくこともあると思います。だから、最初に自分から提案するものを持っていくことを大切にしています。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 『建築と時間と妹島和世』(ホンマタカシ監督) 2. よく聞いている音楽 細野晴臣, Ecovillage, Cornelius 3. 好きな本 雑誌『WIRED』の「未来への退却(リトリート)」という特集号 4. 注目しているアーティスト Ecovillage 5. お気に入りの場所 友人のお店の当麻園芸と、京都にあるクマノワインハウス 6. 最近買ったもの 山野アンダーソン陽子さんのガラスコップ 7. 気になっている撮影機材 SIGMAのレンズ...
SAIL Photography by Junpei Kato
一度“からっぽ”になって見つけた写真 僕は、高校までずっとサッカーをやっていたんですが、サッカーだけの生活が終わると、何も無くなってしまった。大学受験の準備はしていたのですが、あまり勉強が好きではなかったので、何かないかなあと探していた感じで。そんなとき、たまたま家にカメラがあったので、散歩しながら写真を撮り始めたんです。カメラに触れるようになったのはその頃ではあるのですが、特にやることも見つからないまま、とりあえず大学に進学しました。でも、どうも雰囲気に馴染めなくて半年ほどで辞めてしまいました(笑)。 その夏、鉄道で日本を旅したんですが、そのときにカメラに救われたというか、一人でも寂しくないと感じたのをすごく覚えています。僕は人に話しかけるのがあまり得意ではなかったので、カメラを持っていると人とコミュニケーションが取りやすくなって、カメラを通じて世界が広がったといえばいいでしょうか。旅にしても、どこかへ行きたいというよりも、どこかを撮りに行きたい、だから旅をする。というように、写真自体が目的になって、だんだんとのめり込んでいくことになりました。もう一つ、昔から“収集”することもどこか好きだったんだと思います。次はあれを撮ろう……と、集めていくような感覚が性に合っていたのかな、と。そうやってだんだんと「写真をやろう」と意思が固まっていった。それで半年間バイトして、写真の専門学校に入りました。きっと、僕にとって写真は、一度からっぽになって偶然見つけたものなのかもしれません。 被写体との距離感 今は、ランドスケープも物も人物も撮るし、広告、雑誌、ファッション……と、特に決めることもなくいろいろやっているので、ジャンルレスだなと思います。でも、どんなものでも被写体がいいと気分が上がりますね。撮影は被写体ありきなので、物、人物、風景にしても、いいものと出会ったときはシャッター数が多くなる気がします。 普段、建築を撮ることも多いのですが、建築に惹かれるのは、自分が生まれ育った横浜に理由があるのかもしれません。桜木町が開発される以前の更地のような状態だったところに、どんどん高層ビルが建設されて、まるで森のように人工物ができていく変遷を眺めていたのが、建築への興味につながっているのかなと思いました。 全体としての建築に興味はあるのですが、写真を撮るときは、その構造というよりも、壁のシミや汚れとか、その質感にすごく興味が湧きます。建物の要素としての、質感。もともとグラフィカルな撮り方も好きなので、そういった要素が“壁”につながって、ラインやテクスチャーに焦点を当てた「skin」という作品のシリーズにつながっているのだと思います。 仕事としての撮影の際は、光やトーンはもちろんですが、“自分が撮った”ということが感じられる被写体との距離感を大事にしています。技術的なことではあるけれど、レンズの選び方にしても、広角レンズをよく使うフォトグラファーもいれば、望遠レンズを好む人もいて、さまざまです。でも、それが被写体との距離に関わってくることだと思うし、その距離感が自分の個性にもなっているのではないでしょうか。僕の場合、距離感はニュートラルなんだと思います。 今後の生活拠点と制作について 下の「最近気になる7つのこと」でも触れているのですが、来年、山梨の八ヶ岳のあたりに家族と移住するんです。家を建てるにあたって、今、建築家さんに設計をお願いしているところなのですが、本当に楽しみです。高い山に囲まれていて、水も空気も美味しい。本当に空気が違うんですよね。その環境にいるだけですごく“休める”と感じます。 家が建つ過程を長期にわたって撮りためていきたいとも考えています。そのうち写真集や展示もやりたいですね。なかなか仕事が忙しくて自分の作品に集中できていない時間が続いているのですが、やっぱり「何を表現したいのか」と、自分と向き合うことを大切にしたいと感じることが増えてきていて、今の自分がそういう段階にあるのかなと思います。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 クリストファー・ノーラン監督の最新作『オッペンハイマー』(2023年7月公開予定) 2. よく聞いている音楽 Nujabes, haruka nakamura, Bill Evans 3. 好きな本 『ARK JOURNAL』などのインテリア雑誌 4. 注目しているアーティスト 写真家のGerry Johansson...
SAIL Photography by Junpei Kato
一度“からっぽ”になって見つけた写真 僕は、高校までずっとサッカーをやっていたんですが、サッカーだけの生活が終わると、何も無くなってしまった。大学受験の準備はしていたのですが、あまり勉強が好きではなかったので、何かないかなあと探していた感じで。そんなとき、たまたま家にカメラがあったので、散歩しながら写真を撮り始めたんです。カメラに触れるようになったのはその頃ではあるのですが、特にやることも見つからないまま、とりあえず大学に進学しました。でも、どうも雰囲気に馴染めなくて半年ほどで辞めてしまいました(笑)。 その夏、鉄道で日本を旅したんですが、そのときにカメラに救われたというか、一人でも寂しくないと感じたのをすごく覚えています。僕は人に話しかけるのがあまり得意ではなかったので、カメラを持っていると人とコミュニケーションが取りやすくなって、カメラを通じて世界が広がったといえばいいでしょうか。旅にしても、どこかへ行きたいというよりも、どこかを撮りに行きたい、だから旅をする。というように、写真自体が目的になって、だんだんとのめり込んでいくことになりました。もう一つ、昔から“収集”することもどこか好きだったんだと思います。次はあれを撮ろう……と、集めていくような感覚が性に合っていたのかな、と。そうやってだんだんと「写真をやろう」と意思が固まっていった。それで半年間バイトして、写真の専門学校に入りました。きっと、僕にとって写真は、一度からっぽになって偶然見つけたものなのかもしれません。 被写体との距離感 今は、ランドスケープも物も人物も撮るし、広告、雑誌、ファッション……と、特に決めることもなくいろいろやっているので、ジャンルレスだなと思います。でも、どんなものでも被写体がいいと気分が上がりますね。撮影は被写体ありきなので、物、人物、風景にしても、いいものと出会ったときはシャッター数が多くなる気がします。 普段、建築を撮ることも多いのですが、建築に惹かれるのは、自分が生まれ育った横浜に理由があるのかもしれません。桜木町が開発される以前の更地のような状態だったところに、どんどん高層ビルが建設されて、まるで森のように人工物ができていく変遷を眺めていたのが、建築への興味につながっているのかなと思いました。 全体としての建築に興味はあるのですが、写真を撮るときは、その構造というよりも、壁のシミや汚れとか、その質感にすごく興味が湧きます。建物の要素としての、質感。もともとグラフィカルな撮り方も好きなので、そういった要素が“壁”につながって、ラインやテクスチャーに焦点を当てた「skin」という作品のシリーズにつながっているのだと思います。 仕事としての撮影の際は、光やトーンはもちろんですが、“自分が撮った”ということが感じられる被写体との距離感を大事にしています。技術的なことではあるけれど、レンズの選び方にしても、広角レンズをよく使うフォトグラファーもいれば、望遠レンズを好む人もいて、さまざまです。でも、それが被写体との距離に関わってくることだと思うし、その距離感が自分の個性にもなっているのではないでしょうか。僕の場合、距離感はニュートラルなんだと思います。 今後の生活拠点と制作について 下の「最近気になる7つのこと」でも触れているのですが、来年、山梨の八ヶ岳のあたりに家族と移住するんです。家を建てるにあたって、今、建築家さんに設計をお願いしているところなのですが、本当に楽しみです。高い山に囲まれていて、水も空気も美味しい。本当に空気が違うんですよね。その環境にいるだけですごく“休める”と感じます。 家が建つ過程を長期にわたって撮りためていきたいとも考えています。そのうち写真集や展示もやりたいですね。なかなか仕事が忙しくて自分の作品に集中できていない時間が続いているのですが、やっぱり「何を表現したいのか」と、自分と向き合うことを大切にしたいと感じることが増えてきていて、今の自分がそういう段階にあるのかなと思います。 最近気になる7つのこと 1. 面白かった映画 クリストファー・ノーラン監督の最新作『オッペンハイマー』(2023年7月公開予定) 2. よく聞いている音楽 Nujabes, haruka nakamura, Bill Evans 3. 好きな本 『ARK JOURNAL』などのインテリア雑誌 4. 注目しているアーティスト 写真家のGerry Johansson...